アウトバーンでひどい渋滞にはまり、ドレスデンについたのはほぼ4時ころ。
ヨーロッパの秋は日本より日没時間が遅いので、明るいといえば明るいのですが、うっすら暗く、ひんやりとした時間帯。
日曜日なので、広場でパフォーマンスが繰り広げられているのがヨーロッパらしいと思いました。
かなり昔、というか学生時代の専攻と感心が「教皇VS皇帝」の文脈でのドイツ諸国とイタリア(イタリアという国は存在しない)、だったので、南ドイツの諸国の話をガイドさんから聞くと、妙にしみじみ。
それにしても、弾丸×旧市街ツアー×スッポトハントの旅のせいか、今回の旅はやたら石畳を歩いたな…。
ドレスデンはほぼ壊滅した町、というイメージがありましたが、そこはやはり石造建築だな、と思ったのが今回の旅。
ドレスデンは東西ドイツ統合後、かなり修復が進んだそうで、瓦礫から石造建築がかなり復元されたそうです。
ちなみに、黒いところが戦火で焼けた跡かな…、とも思ったのですが、このあたりの石は砂岩石だそうで、砂岩石は古いものは黒ずみ、新しいものは明るい色をしているのだとか。
ドレスデンの滞在時間は、このあと夕食までにプラハへ行かねばならんので1時間、という暴力的な設定だったので、実際にはこの広場周辺をぐるっと回っただけなのですが、ベルリンとは異なる建築群の嵐に、予想外にも強烈に印象に残った町となりました。
今回の旅では、建物の中に入る、という体験が極端に限られ、ドレスデンでも教会には入れず(コンサートのため制限されていた様子)。
ちなみに、最近日本で定着化しつつあるシュトーレンはドレスデン発祥とのことをガイドさんに聞きました。
20分ほどしかない自由時間にプラッと歩いていると、たまたまベッカライが目に入り、近づくと軒先にシュトーレン山積みに…。
そして、でかい!
気候のせいですっかり冬気分、で、まだ10月というのも忘れ、お買い上げ。
ただいま家の冷蔵庫で眠っていますが、シュトーレンは早く食べ過ぎても味が浅いので、いつ食べればよいのだろう…、とドキドキしています。
バスの中で聴いたドレスデン空襲の話と、この冬の黄昏の歴史的建物に妙な憂愁を感じ、それがドレスデンの印象となりました。
しかし、帰国後、ドレスデンで極右に対する非常宣言が出されたニュースを聞くと、やはり旧東にあるうっすらとした闇のようなものが現実にも残るのを感じ、現在の複雑さをあらためて思います。