pico_usagi’s blog

つれづれ鑑賞記を引っ越し作業中です!

「マルコ・スパーダ」と2010年代のボリショイ・バレエへの思い。

10年ほど前、いろいろバレエソフトを漁っていた時から知っていたタイトルではありますが、当時はあまり資料がなくて、スルーしていた「マルコ・スパーダ」。

現役最注目?のマカール君が踊っている動画をチラ見したので、俄然興味が上がり。

いっときはボリショイ=グリゴローヴィッチによるボルシェヴィキ的前衛しか興味がなかったけれど、最近はこういう、日本ではあまりお目にかかれない、重厚なボリショイ的グランバレエも面白いと思うように。

 

今でもなんとかソフトで入手できそうでしたが、興味の具合もあり、AMAZ⚪︎Nプライムで視聴分を買う。便利な時代になったものだ。

主役のホールバーグ他、セミョーン・チュージンやオブラスツォーワ、オリガ・スルミノワなど、2010年代のボリショイのスターたちが目白押し。

日本公演ではどうにも3人目以降の主要キャラ・キャスティングがセーブ気味になるために味わえない、プリンシパルを惜しみなく使う本国舞台でのキャスティングの妙が楽しめます。

 

古い演目の再興かと思っていたら、それほどではなくて、19世紀には遡れるけれど、20世紀にラコットが改訂、本映像が上演された頃にボリショイのために再度振り付けた作品だそうです。

ラコットも前世紀の方と思っていたら、最近亡くなったそうで…。

ラコット版もローマの劇場のための振り付けらしく、舞台はローマ。高めですが、初演映像はヌレエフ主演が手に入るようです(欲しい)。

 

一応粗筋を読んでから舞台を見るものの、最初登場人物とそれぞれの立ち位置を見分けるのに苦労する。

主役然とスルミノワが登場するので混乱しますが、この知事の娘と娘に横恋慕?する竜騎隊長、親子が縁談を望む貴公子チュージンが説明もそこそこに登場。

このカップルでパドドゥが入り、ホールバーグの顔をぼんやりとしか覚えていなかったために混乱しましたが、少し遅れてようやく、マルコが登場。した瞬間、思い出す。

ホールバーグはABTの日本公演でオシポワとのペアで実見したことがあるはずなのですが、パートナー同様、全然記憶にない。

 

マルコは貴族を装う盗賊のカシラなので、悪い輩なのですが、品を保ちつつ悪いツラを見せるところをホールバーグは上手く演じています。

そして、マルコ自身は色恋の主人公ではなく、どちらかというと親子関係がキモとなるお話で、まだうら若い(30代)ホールバーグとの親子って…と思うところ、娘のアンジェラ役・オブラスツォーワはほぼ同世代にもかかわらず、令嬢のこなれ感を巧みに表現するスルミノワ(たぶん、スルミノワの方が若く20代?)と対照的に純真無垢さ炸裂、配役の妙で目に入れても痛くないと言わんばかりの娘溺愛ぶりが絶妙に表現されていました。

 

父の本業を知らない娘は貴公子チュージンと相思相愛、マルコパパも娘が幸せな結婚ができれば、と思っているようですが、ふとしたことで父親の正体を知り、貴公子からの結婚の申し込みを断る娘。

貴公子は腹いせ?に政略結婚を受け入れ、喜ぶ知事親子。決定的な失恋を嘆き悲しむ竜騎隊長。パパっ子として、貴族としての結婚を諦め盗賊の娘として生きようとするアンジェラ。それはそれで娘の将来を案じるマルコ、という人間模様が次々描かれていき、最後は盗賊討伐隊の前に倒れるマルコが、「自分の実の娘ではない」と嘘をつくことで娘の結婚を叶える、というところで幕が降ります。

物語は文章にするとなんだかなー、という感じですが、演者が揃えば、舞台としてはおもしろい。これがまあ、グランバレエの醍醐味といったところ。

 

ちなみに、ボールバーグはアメリカ人初のボリショイのプリンシパル、「貴公子」チュージンもボリショイアカデミーの外からの入団、オブラスツォーワもマリインスキーからの転籍、と、当時のボリショイの流動的な人事は、今思えば、セルゲイ・フィーリン芸術監督時代の活性化新機軸だったんですかね。

その後、有名な硫酸襲撃事件、現在ワガノワアカデミー校長のニコ氏との確執などがあったという噂の真偽はわかりませんが、「今のボリショイのプリンシパルの高齢化」を嘆く20代の某若僧に対する一つの回答として、フィーリン手腕の頓挫とこれらの禍根なのかな、とも思ったりする、2010年代黄金時代の貴重映像。

 

パリ・オペラ座「ラ・スルス」再見に思うバレエの解像度。

 

BD破損チェックに伴うソフト見直しの日々。

 

2012年公演の「ラ・スルス」は、19世紀に作られていったん忘れ去られていた演目を、当時のオペラ座のマスター ジャン=ギョーム・バールが復興させた古典のため、事前情報が少なく。

その頃、アーティゾン美術館でオペラ座の大展覧会を見た影響で、ごっついオペラ座らしいクラシックをがっつり見たい!欲が高まり、買ったような。

でも初見時は、王子ポジのカール・パケットにあまり感情移入のポイントがなく、ラスト、姫ポジのリュドミラ・パリエロの自己犠牲に終わるという、なんとも人魚姫然としたところに不満を感じ、二度とみることはないだろう、と思っていました。

でもなぜかAM⚪︎ZONのレビュー評価は高く、見直してみることに。

 

改めてみると、全然覚えていない。

ネットで調べてもズバリとした筋書きが出てこないし、映像にあらすじが出てもフランス語。

しおしおと諦めてみることに。

最初、妖精の集団ご登場。

パリエロ世代はあまり注目してこなかったので、最初に主役を見つけるのが難儀でしたが、なんというか、ちょっと違うけど、若い頃のサラ・ジェシカ・パーカーみたいなのが泉の精のナイラ。最近、ロイヤルのちょっと量の足りない群舞を見続けていたので、やはりダンサーの層の厚い舞台の良さをしみじみ感じる。

記憶が微塵もなく、あちら側の世界から始まるんですね〜と思っていたら、真緑のマチアス・エイマンと、もはや誰か判別が難しい青塗りの水の精らしき男子たちがわらわらやってくる。

ザエルというナイラのお付きは、ポジ的に「真夏の夜の夢」のパックみたいで、お茶目で可愛く、しかしさすがのエトワール、圧倒的な技術と表現力で見せてくれます。

 

舞台装置が現代のオペラ座らしくかなり抽象度が高く、ロマンティックチュチュの群舞の後に突然中央アジアふうの隊列が出てきて混乱しますが、舞台はコーカサスだったらしい。19世紀エキゾチックバレエの名残りを感じさせますが、単なるエキソチスムに終わらない衣装はさすがおフランス。デザインはラクロワ。

ラクロワは2000年代のプレタ・ポルテのスナップを見ていたときは、華美がすぎて前時代的であまり好きではない…と思っていたものですが、オペラ座初見の「ジュエルズ」の衣装デザインもやっていて、パリのデザイナーでしか出せない色彩感、素材の扱いの巧みさといったら…。

妖精たちのチュールやビジューの洗練された用法はいうまでもなく、ロシアやトルコ風の民族衣装にみる色彩・刺繍のゴージャスさには、圧巻のオートクチュールの伝統というものを見せつけられます。それだけで眼福というもの。ヌーレッダ役のシアラヴォラのエキゾチックな風貌に衣装がすごくマッチして、個性的でも独自の美貌で輝くオペラ座のエトワールという存在は健在。

 

オペラ座映像では比較的悪役の多いカール様ですが、今回は割と純朴?な猟師役。このジャミールとナイラの最初の接点がどこにあったのか、いまいちわかりませんが、とにかくナイラは人間のジャミールを愛していて、人魚姫の王子よろしくはジャミールはといえば、一夫多妻制の総督のハーレムに嫁ごうとする裕福な商人の妹・ヌーレッダに横恋慕。彼がヌーのを気を引いたり、ヌーの輿入れを破談にするために総督を誘惑したり、とナイラはあれこれ手助けをする。

最後には、ヌーレッダを助けるためにナイラの命と等しい魔法(の花)を差し出すことをジャミールが要求。この時のパリエロの頑なな表情の演技はなかなか見ものですが、結局は彼の要求を受け入れ、ナイラは死に、泉は枯れ、人間のカップルがそこを去っていく、という物語。

 

この人魚姫的結末が、初見では19世紀バレエの王道=男の身勝手で死んでいく女という描写そのもので、なんだかなー、と思ったのですが、今回は「バヤデール」特訓の成果か(笑)、あるいは「パゴダの王子」や「石の花」といった、バレエがファンタジーである、ということに耐性ができたのか、「悲劇ではあるが、素敵な絵空事」としてのグランバレエを楽しむことができたような気がします。

 

というのも、「ラ・スルス」音楽はかのミンクス先生と、後に「コッペリア」「シルヴィア」を作曲するドリーブによるため、このところのミンクスによるバレエ音楽礼賛のおかげで、また新しく音楽を堪能する力もついた(?)ようで。

 

そしてもう一つ、鑑賞時の「解像度」の違い。

前回はPCの画面だったのが、昨年のBD専用器導入とともにモニターが大きく(高画質に)なったために、舞台や演者の表情・動きがより良く見えるようになった効能のようにも思います。

 

そう言えばこのところ、チケットの高騰や自分のテンションの低さで舞台をA席以下でみることが多く、そのために「つまらない」を連発していたような気が…。

人気すぎてとれない、ということはあるけれど、かつてはみる以上はS席で、がモットーだったことを思い出し、やはり距離や高さで「見づらい」ことが舞台への感情移入の妨げになっていたのか…とふと思う。

 

視野が狭くなるオペラグラスはあまり好きではないので、ここは初心にかえり、S席死守でこれからはいこう、と決意した次第。

 

輝けるボリショイ・バレエのスターの夕べ。

 

ワシリーエフ記念、勝手にボリショイの夕べ。

 

というか、手持ちのBDの故障確認中、完全輸入盤のBDの破損率が高い…ような気がしたことがことの起こり。

 

前々回の「バヤデール」でカルロス・アコスタを見たついでに、2008年のアコスタをゲストにボリショイが公演した「スパルタクス」を久しぶりに思い出す。

初回あまり気が乗らなかったので、そのまま放置されており、状態が危ぶまれていましたが…。

予感的中、やはり壊れていた。

 

ま、ゲストはゲストだしなー、と一回気を持ち直して、気持ちがボリショイにのったので、代わりに「パリの炎」を再見することに。

長年スルーしてきたけど、昨年のワシ氏サヨナラ公演ニュースで便乗して購入したBD。

 

2回目なのでストーリーがわかっており、その分、踊りそのものに集中して見ることができる。

ラトマンスキー版「パリ」は音楽と舞踏の連続性、明暗がくっきりとしており、大劇団ボリショイならではの群衆の多さが魅力です。

そして、やはりサヴィン・カプツォーワのしっとりペアとワシリーエフ・オシポワのわんぱくペアが素晴らしい。

劇中の1番の盛り上がりバスクの踊りを見ると、ほんと、人類の青春というものをまさに体現するかのよう。

これ以上のカルテットが存在するのか、と思うくらいの永久保存版。

ちなみに、今回は市民兵の一人にラントラートフを見つけました。

 

「パリ」で改めて大劇団ボリショイの群舞の楽しさに火がついたので、一度は諦めようとしたアコスタ主演の「スパルタクス」がどうしても見たくなり、Y⚪︎U TUBEにフルバージョンがアップされていたので、そこで再見することに。

ちなみに、初見の印象はあまり芳しくなく、このブログの初期の記事にあります。

 

当時は2002年に舞台でみた全容の再確認、くらいの気持ちだったのですが、やはり繰り返し見ているとストーリーがわかっているので、余計な混乱がなく、見え方がすっきりするようで。

ここでのヒロイン・フリーギアはカプツォーワで、現役時代はあまり何も思っていなかったけど、2010年代のこのタイプのヒロインをよく演じていたようですね。

無垢で純粋、なタイプのヒロイン役が多いですが、不思議と、可憐なだけでなくふとどこか暗い表情をする人で、同世代の圧倒的スター・ザハロワとも、別の意味で双立したアレクサンドロワともタイプが違う。

ドラマを再現する叙情的表現力、複雑な動きも柔らかく完成度高く表現する盤石なテクニックは、さすがボリショイのプリンシパル。

そして、割と棒だと思っていた同世代の悪役女王マリア・アラシュによるエギナも、クラッススとのパワー・カップルぶりや駆け引きが素晴らしかったです。

ちなみに、羊飼いの一人に今回ワシリーエフを見つけました。

「コールドとしてはあまり優秀でなかった」(爆)と語っておられたワシ君、まだ10代かもしれません。

 

…と振り返ってみると、やはり2010年代のスター映像は保存しておきたくなり、しかし古くなっているためなかなかに入手困難なソフトになっている。

 

この辺りで一旦お休み、DVDはBDほど心配がないように思ったけれど、懐かしの大スター・ツィスカリーゼ先生を見てみたくなり、2004年の「スペードの女王」を再見。

大人になったので、苦手だったプティも見られるようになったかな…と思いましたが、やはりちょっと苦手。

大画面のアップではかなり圧の強い(でもまだ若い)ツィスカリーゼ先生ですが、パワフルとは違う稀有な柔らかい動きが堪能できます。

たた、役のヘルマンは典型的19世紀末ロシア文学的ダメ男なので、ちょっと感情移入しにくいところがあります。

何度見ても老伯爵夫人役のリエパさんは美しすぎてただの銀髪姐さんにしか見えませんが、心象バレエの動きを超絶美しく表現しておられます。

虐げられたお嬢のリーサは影が薄いのが役ですが、そのままにげっそりとしているのがルンキナ嬢。

ルンキナさんはやっぱり、かなり初期から思っていた感じと違っていたみたい。同梱?の「パッサカリア」の主演もしていて、初期からモダン特化のダンサーだったのかしら、と改めて思う。

 

最後に、また気を持ち直して、多分再見することはないだろうと思っていた「ゴールデンエイジ」のBDを点検のために見直し。

なんというか、一時期グリゴロ病に罹っていた時に買って、なんか思ってたのと違う、と思ったのが、見直すとこれも面白かったから不思議。

「ゴールデンエイジ」も素晴らしきソ連礼賛、かと思っていたらもうちょっとリアルなお話筋だったで、メルヘン度を求めた当時の嗜好には合っていなかったみたい。ちなみに、「ゴールデンエイジ」とはギリシア神話とか全然関係なくて、ただのショー・パブの店名です。

 

まあ、大きく言えばこれも「正しい労働(漁業従事者)」の「悪い労働(ギャング)」に対する勝利、なのでとてもソヴィエトっぽい。

かと思えば、ちょっと1920年代ふうのレトロなショービスの世界ふうだったりしますが。

グリゴロ氏としては比較的新しい1980年代初演で、映像は2016年のもの。

ここでも、可憐だけど訳ありのヒロインをカプツォーア嬢が演じています。

今回は悪役のロブーヒン、その情婦役のクリサノワがツボで、悪役にもボリショイの層の厚さに感じ入ったところ。

比較的現代寄りの勧善懲悪ものとして気軽に楽しめつつ、群衆描写にも抜かりのない、この劇団ならでは層の厚いダンスを味わえます。

 

…とまあ。取り止めもなく、8月はこんな感じで間も無く終わる。

 

 

 

 

 

 

 

ワシリーエフの復活ガラを観てきた。

 

さて。今年は例年になくガラコンばかり観ているような気がする。

円安に加え、ロシアの戦争や日本の大ホール改修ラッシュ、世代交代/新時代の大スター不在など、さまざまな要因があるのか、今年は全幕を観に行く機会がなく、その憂さ晴らし的に。

 

そんなわけで、今回はよく見る某チャンネルを運営しているF氏がプロモーションし、イワン・ワシリーエフが座長をつとめるガラコンを観てきました。

 

昨年の大引退公演はお盆後の真夏の平日の川越、ということで、地方在住のうさぎにはとても難易度の高い公演で行くことあたわず、とても盛り上がったときいてうらやましかったのですが、そこで火をつけられたワシリーエフ氏は新プロジェクトを引っ提げて復活したそうな。

でもまた平日かーい、と思ったら偶然週休日に当たったので、観に行くことにする。

 

ここ数日、個人的にボリショイ祭りになっていましたが、話が長くなるので割愛。

ガラの正直な感想を書く。

 

配役表には1番ディアナとアクティオン、とあったのでその気になっていたところ、なんだか違った。0番でワシリーエフの登場。

20代の頃から貫禄十分のおっさんのような姿で映像に残っているワシリーエフですが、長身でプロポーションにめぐまれた男性ダンサーが掃いて捨てるほどいるボリショイのなかでも異色の存在感。短躯にみえるほどの筋肉のつき方と起立でも反りすぎる姿勢が特徴的で、驚くべき跳躍力を支えるためにさもありなん、という体型。

なので、ジャンプ馬鹿に思いがちですが、映像をみていると意外と動きに優雅な柔らかさがあり、「技のみ」とは言いきれない、やはりクラシックメソッドを学んだ舞踏家だよなー、と思う。

実見は初めてですが(多分)、文字通り一回り以上大きくなられていて(失礼)、30代半ばに引退宣言した理由もわかったような気もしました。

それでも「えいっ」と跳ぶだけでない、重力が無になるようなふわっと感は健在で、踊っていただいたこと、感激至極。

ちょっとベクトルは違うけど、森下遥子さんのようなダンサーの魂を感じました。

 

ちょっと話が飛びがちですが。

 

あらためて1番。

ディアナはマリインスキーのソリスト・スヴィンコ、アクティオンはノヴォシビリスク・バレエのクセノフォントフ。

昨年のレビューでシベリアの皆様に厳しい意見がみられたので気になっていましたが、クセ氏はさすがにプリンシパル、杞憂であることがわかる。

ガラコンでこの演目はよく演じられているような気がしますが、見るのは初めて。

なので、他もそうなのかは知りませんが、アクティオンは信じられないくらいアクロバティック。

見るには楽しいけれど、ワシリーエフのこともあり、男性ダンサーが腰を痛めないか、ちと心配にもなる。

ディアナは男まさりの厳しい女神、というイメージがあるので、主題表現的に正しいのか…わからないところではありましたが、フツーにラブラブなカップル、にもみえたけど、双方十分みごたえがありました。

 

2番のくるみは、明日の回が今ホットなグジェレフ君登壇、という点が少し残念でしたが、この日はF氏推しの待山氏とシベリアのソリストでペア。

クララも王子も若いイメージがあったけど、お二人は何となく、熟年カップル的貫禄もちらほら。

にわかにペアを組むというのも難しいことなんだな、と薄ら思いましたが、ソロパートでは流石にゴリラ君に推されるだけあって、生き生き踊っておられました。

 

3番は、ボリショイのプリンシパル デニス・サヴィンのソロ。

サヴィン氏は最近見直した「パリの炎」のBDでジェロームだったので、ワシ氏の友情出演かなー、と思う。

よく知らない演目だったので、普通のサラリーマンが急に踊り出したら超絶うまかった、という姿に見え、バーにJKをかけた日には、仕事中に嫌なことがあって公園のベンチに座り込むリーマン、にしか見えなくなり、「サラリーマンの哀愁からほのかな希望の明日へ」の一幕として妄想しながら楽しみました(爆)。

 

4番はドレスデンのプリンシパル ビアンカ・テイシェラと森脇崇行のジゼル。

最近ジゼルの全幕映像を見過ぎで、ガラコンでの切り抜きパドドゥは感情移入のポイントがなくしんどい、と思うように。

4番目にして同じようなペア・ダンスが続いたせいかちょっと飽き気味、というのも加わってか、ジゼルがちょっと思い/硬いなあ、という印象に。

これもやはり、普段組まないペアが踊るのは難しいんだな、と思う。

 

前半のトリ、5番のマリインスキー・ホーレワとボリショイのミハルキンの若わかソリストペア。

今回ガラへ行った目的は、実は彼らをみる、ということだったのですが、登場から目の覚めるような華々しさを引っさげておられ、目をかっ開いて見ていました。

今回最も技巧的なドンキのグラン・パトドゥは、文字どおりの超絶技巧オンパレード。

ルジマトフ引退公演でドンキに開眼後、マリインスキー版の全幕映像も見ていたので、今回は前回より感情移入もできて何より。

ニキヤでカクカク、とか言っていたホーレワ様、お見それ入りましたm(_ _)m。

ミハイルキン君は想像以上に童顔で可愛い、とみえるオバ。

 

後半は6番から、ドレスデンのテイシェイラとマランデルのペア。

やはり同じカンパニーのコンビネーションのほうがうまく行くのか、ジゼルとは別人にみえました。

ピアノの生演者はあまり舞台挨拶慣れしないのか、初々しい感じのカーテン・挨拶が微笑ましい一幕。

 

7番のライモンダは、実見は初めて、だと思う。

やたら厳格に手を打つギエムやオシポワの映像の印象が強かったですが、今回のマシュキナさんは優しく軽く打つ手で、どっちが正解なのか気になる。

 

8番の白鳥は、何と無くガラで黒鳥(オディール)のシーンを見る機会がなかったので、おおー、と思ったけど、やはりこれも切り取りでは感情移入しづらく。

1幕ではよかったスヴィンコもコケットさ薄めで、別の意味で同一ダンサーに思えない硬さを感じたから不思議。

 

次は「海賊」。9番目になると、このペアペアの組み合わせが食傷気味になり、もう少し全体の構成にメリハリがあれば…と思う。どれも王道パドドゥなんだけどね。

 

10番目でシベリアのソリスト大集合。なんでだろう、と思ったら、「バスクの踊り」は「パリの炎」のワンシーンで、群衆が必要だったから。

誰がどの役かわかりづらかったところ、オシポワ・サヴィン・カプツォーワの黄金メンバーでとかつてフィリップ役踊ったワシリーエフが配役表に出ていない(そしてフィリップ役もいる)のに舞台袖から出てきて、ウロウロにやにやしているので、ちょっと混乱してしまう。

この辺り、舞台を演じるというよりは、ワシリーエフと彼をしたう子どもたち、という感じで、ちょと普通の公演とは違ったようです。

 

0番で全然踊れる、と思ったワシ氏は11番では何と無く省エネ気味で踊っていたので、すごくパーソナルな舞台だなー、という印象が最後に残る。

よくある呼び屋のガラコン、というよりはクラファンから立ち上げた有志の回だったので、手作り感というか、悪い意味ではなくハンドメイド的、通例と同じではない舞台だったのかな、と思うし、芸術を愛する人による芸術のための舞台、ということをしみじみ感じつつ。

今後も頑張って欲しいし応援もしたいよね、思って帰路につきました。

 

おしまい。

 

 

 

 

 

 

ラ・バヤデールの雑談。

 

と、いうわけで、BDが破損したため、2009年上演のロホ&アコスタによるマカロワ版「ラ・バヤデール」を買い直す。

…ついでに、スカラ座のザハロワ&ボッレ ペアも中古にて入手。

それにしても、ロイヤルのジャケットはなんで、主役ペアを押し退いて黄金仏を採用しているんですかね。

笑ってしまいそうなところですが、英国人の皮肉なのかもしれません。

 

さて。

初回購入当初は、アスィルムラートワ&ムハメドフの名盤を失った(のちに回復)穴埋め程度のテンションで、歴史的プリンシパルであるアコスタをもってしても興味を持てなかった(1991年版は熊哲が黄金仏)のですが、彼らも歴史になったいまでは、これはこれで2000年代前半の名盤だなー、と思う。

やはり、ガムザッティ史上初ナンバーワンはヌニェス様で決まり。

アスィルムラートワに比して、当時のダブルヒロイン ダーシー・バッセルは、美しいんだけど若すぎるせいか迫力が少々足らず、ガムザッティの人物像が余り伝わってきません(ご贔屓ですが)。

なので、バランス的には、ロホVSヌニェスのほうがドラマがヴィヴィットにみえます。

うっかりBDですが、今回は磁気に気をつけよう…と誓う。

 

春にルシア・ラカッラ主演のミュンヘン・バレエによる全幕を観たとき、ロシアのバレエ団以外は「寺院崩壊」のカットなし、を採用しているのかな、と思ったので、今回買ってみたスカラ座。

ザハロワ様はこの頃スカラ座のゲスト・プリンシパルだったので、2000年代前半はボッレ君と組んだ映像が多くあります。

ボッレ君も名声に比して私の中の評価が揺れるダンサーなので、これもちょっと長くスルーしていた映像なのですが、ザハ様主演でフルバージョンがみられるということにかけてみました。

すでに拝見済みのボリショイ✖️グリゴローヴィッチ版でもザハ様はニキヤの映像が残っており、それより7年ほど若い。

あまり深く考えないでいたら、スカラ座の振り付けもマカロワ版で、奇しくも同じバージョンを立て続けで見るはめに。

 

個人的にバヤデールは「寺院崩壊」を復活させているマカロワ版のほうがロシア上演版より好みではあるのですが、ロイヤル・バレエ団における唯一?の欠点はコールドの踊りが今ひとつであること。

マリインスキーやパリ・オペラ座に比べて、生え抜き団員よりも各地から優れたスターを抜擢したプリンシパルが多い、せい(あくまでも想像)か、どうもコールドの層が薄い気がする。

今回ロイヤル版で婚約式の背景に高田茜さんを見つけましたが、私にとって認識しやすい人が映っていたせいか、この後、4幕の影の王国の群舞、五幕の結婚式の踊り子と3回衣装がえして踊っている事が判明。

コールドなのにそんなにたくさんの役踊らされるなんて、大変じゃない…?と思う。

 

なので、スターはいなくても、カンパニーとしてのスカラ座に期待していたのですが…。

 

なんというか、スカラ座の皆さん、あまり「ラ・バヤデール」という演目に慣れていないのでは、というのが気になる映像でした。

やや民族調になる踊りもなんだか全体にたどたどしく、大僧正とかラジャの演技ばった動きも今ひとつ重々しさにかけ、なんだかんだいって、ロイヤルの人々のほうがカンパニーとして演じ慣れているんだな、ということがつくづくわかる。

スカラ座のガムザッティも、群を抜いて美しいのだけれども、それだけ。文字どおりの絵に描いたような政略結婚の相手、という感じ。

マカロワ版だから衣装も同じなのに、こうも違うのか、と逆に驚きを禁じ得ない。

 

それに比べ、主役ペアだけは異次元にうまいので、ある意味貴重な?映像に仕上がっています。

ただ、ボッレ君はちょっと微笑みすぎで、これはホームタウンの観客に囲まれては仕方ない、という感じ。

 

ガムザッティは棒、ではあるけれど、改めて、五幕もミンクスの音楽は素晴らしく、やはりこの幕を政治的に割愛したソヴィエトの罪は重い、としみじみ思う。

 

ちなみに、Y⚪︎U TUBEに婚約式のニキヤを踊るマリア・ホーレワ嬢の映像が流れていました。

マリインスキーの新世代・ホーレワ嬢はまだみたことがなく、その前に「愛の伝説」のシリン役の映像が流れてきたついでだったのですが、これはこれで噂の超絶技巧かー、と感心してみていていました。

まだ若く、ソリストだと思うので、ニキヤ役は意外だったのですが…、なんというか、こんな棒なニキヤは初めてみた。

一つ一つの振りを確認しながら踊っているような、コマ送りを見せられている感じで、驚くほど情感ゼロ。このソロシーンでは終盤アップテンポに変わり、花籠をアゲアゲで踊るのですが、こちらは一転、そんなに激しく踊ったら中の毒蛇が出ちゃうんじゃない?と心配になるほど。

高いとこから失礼しますが、もう少しがんばりましょう。

 

…と、もうひとつ。

オシポワ嬢がニキヤ役を演じている映像もあって、ボリショイ時代の若い頃のもの。

陽キャ/パワフルなイメージのオシポワですが、先のホーレワさんと同じシーンがネットで見られます。

ボリショイなので、ザハロワ様の映像と同じグリゴロ版なのかな、と思うのですが、なんだか知っているのと様子が違う。

これまた異例のニキヤで、ホーレワさんのように棒、ではなく、あってない、というのでもない、とにかく見たことの無いタイプ。

身分差もあり、抑制された感がありつつも悲しみを表現、というのがよくみるニキヤですが、オシポワは「悲しすぎて(マジ)倒れるー」というのを地でやってる感じで、一応婚礼の踊りのはず、なのですが、とにかく地面にのたうち回るようなく悲しみぶり。

悪い、というのではなく、非常に現代的な女性を感じる異色性。

これはこれで全幕見てみたい(ただし、ソロルがワシリーエフ…か)。

 

と、まあ。

こんな感じで、バヤデールに関する雑談を雑に書いて終わる。

 

 

 

 

パリ・オペラ座「シーニュ」再見。

 

最近何かとついていないことが多く、主寝室のエアコンが壊れ、買ったばかりのパンツをハイターで溶かし、出費がとても痛い…にもかかわらず、バレエ散財病が治らず。

これまたぶっ壊れた「バヤデール」BDも涙ながらに買い直し。

 

しかし、人生塞翁が馬?、BDを漁る副産物的に、長年欲しかったけど中古価格高騰とマイナー演目のために入手困難だったパリ・オペラ座の「シーニュ」DVDの値下がりを発見。

当然ポチる。

 

昨夏みたパリオペの「PLAY」についてはついに感想をかけずじまいであるところ、日本では関心が低いのかもしれませんが、オペラ座自体は年間において結構なコンテンポラリー演目を上演している。

近年のソフト化不足を嘆いていたら、それもそのはず、公式チャンネルのサブスク配信をやっているようで、今年も結構にコンテンポラリーがプログラムにあるのがわかります。

しかし振り返ってみると、自分自身は実見したオペラ座舞台がコンテンポラリー(モダン含めて)とクラシックが意外に同じ回数であることが今回発覚、ちょっとしたショーゲキ。

その一つが、「シーニュ」ということになります。

 

「シーニュ」は2005年の愛・地球博の万博特別公演として名古屋で上演されています。このシーズンの主演はマリ=アニエス・ジロー様。

前年に実見していたバランシンの「ジュエルズ」ルビーでやたらでかくて存在感があるダンサーとして目につき、でもエトワールじゃないんだ…というのが、私とジロー様の出会い。

当時のジロー様は「最強のプルミエ・ダンスール」と呼ばれていたそうで、「シーニュ」でめでたくエトワールとなり、オペラ座史上初モダン演目でエトワール任命されたお方。

愛知県劇場の4階席から見下ろした舞台は豆小、にもかかわらずキョーレツな存在感を放っていたジロー様の冒頭の出で立ちは、いまも印象に強く残っています。

ジロー様の静なる彫刻的なターンはどうやってやってるんだろう…(当時はターンテーブルに乗っているのかと本当に思っていた)。

ジロー&ガデル・ベラルビ ペアのハマり具合ががあまりにも強いので、二人がオリジナル・キャストかと思っていましたが、改めてプログラムをみると1997年が初演とのこと。

 

総合芸術であるバレエといえば、コンテンポラリー/クラシック関係なく音楽とダンスと演技(そして舞台芸術の視覚効果)の綜合、というのが定石っぽいですが、「シーニュ」はフランスの現代画家の絵画に対する振り付け、という点に特異性があり、ラクロワとかミモザ色とか、とにかくフランス人にしか出せないような華やかな色彩感に溢れ、ただ、今みるとやはり何と無く1990年代から2000年代初頭ぽいな、という気がします。

 

コンテンポラリー演目は、あまりエトワール→プルミエ・ダンスール→スジェ→コリフェ→カドリーユという階級差に関係なくキャスティングされるようで、正直主演二人以外は誰が誰やらわかりませんが、オペラ座のコンテ演目でも、ダンサーたちはクラシックの基礎ができた上で踊っているので、雰囲気だけで踊っているなーと思うコンテンポラリー・ダンサーもよくあるのとは違い、身体表現の粋みたいのがわかります。

 

そんな中でも群を抜いて主役を張れるジロ様はやはりすごい、と思う。

パリ・オペ ソフト黄金期のジロ様主演演目は結構に残されているので、とりあえずは持っているピナ・バウシュ「オルフェウスとエウリュディケ」をみてみるかね。

この演目も、ピナがオペラ座ならジローに、と指名した作品だとか。

再見と中古散財の日々はまだ続く、ようです。

 

 

 

 

 

煮え切らないままに、ガムザッティ考。

ただいま、個人的なミンクス大ブーム中。

一旦楽しいドンキは置いといて、バヤデールのお話。

 

21世紀の現代において、エキゾチック・グランバレエの行方を憂えていたような気もしますが、三角関係(四角?)のドラマはやはり面白い(エンタメ枠)。

バレエ「ラ・バヤデール」は、身分格差と恋、聖と俗の間で揺れる人間模様が醍醐味。

フルバージョンが見られるマカロワ版もいいけど、ゴージャス・ロシア版も舞台で観たい…と思う今日この頃。

 

最近DVD整理を始めたはずが、なぜか中古にまで手を出すようになり、その鑑賞に追われるという本末転倒?な日々を送っていましたが、正気に戻って、「手持ちの古いソフトが傷んでないか」を検証することを再開。

2009年上演のカルロス・アコスタ✖️タマラ・ロホ主演のバヤデールを観ることにしました。

 

マリインスキー、ボリショイ、パリ・オペラ座と比しても、ソフト化の頻度が高いロイヤル。2010年頃はアコスタ・ロホ ペアがたくさん出ていて、「他のもみたい…」と、少々食傷気味ではありましたが、少し寝かした後でその良さもわかる…ことを期待しつつ。

数多あるこのゴールデンペアの映像の中でこの演目を選んだのは、これまた2010年代後半に主演ソフトを出しすぎのヌニェス様がポイント。

 

2010年代後半は先のペアにとって代わって、ロイヤルものはヌニェス✖️ムンタギロフ ペアの幅の利かせ方が尋常ではありませんが、ヌニェス様にいたっては、「ラ・バヤデール」において主役のニキヤとダブル・ヒロインのガムザッティの二役で映像が残っているという、なかなかに貴重な存在。

実は、個人的に「撮り直し」バヤデールと呼びたいところのヌニェス様主演の回は長くスルーしていたのですが、この映像のガムザッティ役がオシポワ嬢であることを知り、俄然興味を持って最近になり購入。

ガムザッティは役どころとして2番手、しかしニキヤと張り合う力量がないとこの演目のドラマ的魅力が激減してしまう、ということは以前にも書きましたが、後半部分が削除されているロシア版ではその均衡がなかなか図られず。

一方、フル・バージョンを採用し、かつスター・プリンシパル豊富なロイヤルは同格・タイプの異なるキャスティングが叶うのよ!

 

…と、鼻息荒く買ったのですが、当初の予想通り、残念ながらニキヤの方がヌニェス様にあっていない。

当代随一の演技派かつ技巧派の両刀をお持ちのヌニェス様ですが、なんというか、ニキヤにしては金髪すぎるし、何よりも多幸感がありすぎる。

個人的には、ニキヤはエキゾチックさ、かつどこか影のある(不幸な)雰囲気が必要。

(それに所以する、「影の王国」に見える非人間性も)

タイプ的にヌニェス様にはニキヤに対する感情移入のポイントがなく、なんなら揉み合いの果てにナイフを振り上げるシーンも棒に見えました。

 

一方、これ以上にない自信に溢れたガムザッティを期待していたオシポワさんですが、意外に、この回では押しが弱く、富や権力をもってしてもソロルの愛を得られることができない不安に揺れる女性の表情をしていて、ある意味等身大にリアル。

 

…と、実はここまでが前置き。

では私史上誰が最も「ガムザッティ」か?という問いの答えが、ヌニェス様。

ということで、ロホVSヌニェス回を再見することになったのです。

 

ロホ様に関しては、冒頭その腹筋に驚きを禁じ得ませんが(笑)、やはりどこか影があり、控えめに生きつつ、恋の情熱は隠せない、というニキヤをうまく演じておられます。欧米人(スペイン系)ですが、禁欲的なインドの舞姫であっても違和感がない。

 

そしてヌニェス様。ロイヤルのガムザッティは黄色(金?)が初登場時の衣装の色なのですが、まさにそのまんまの、太陽のようなお嬢様。

ソロルに恋人がいることを知ろうが、その自信は揺らぐことなく、年頃の自信過剰なお嬢と言うよりはすでに神のように不動。

なので、心乱れたニキヤにナイフを突きつけられても、その返しに激情がなくてもとにかく怖い(笑)。

婚約式で、ソロルがニキヤを思い出し憂鬱そうに気がそぞろ、というふうになっても、もてる女の余裕をみせてくれます。

その上、テクニックも盤石なヌニェス様だから、この先も楽しみ…と思った矢先。

 

事故発生。

 

…そう、ブルーレイが破損していたのです。

 

マカロワ版に関しては、1991年のアスィルムラートワ&ムハメドフ版が歴史的名盤だと思うし、最近作はヌニェス・ニキアバージョンももっているから…と思っても、やはりヌニェス様のガムザッティは他に代え難い。

…という涙を飲んで、泣く泣く(文字通り)同じソフトを買い直して見直すことにしました。

ですので、ロホVSヌニェスの「ラ・バヤデール」については後日。

 

というように、鑑賞がすごく消化不良に陥ってしまったので、1994年パリ・オペラ座上演のヌレエフ版「ラ・バヤデール」を立て続けにみる、という暴挙に走る(涙)。

 

このソフトはもともとVHSを持っていたのを名作認定でDVDで買い直したもの。

同じ棚にあったので破損確認も兼ねて、でしたがこちらは無事。

確認作業を始めてから見つかった破損はBDばかりなので、やはりメディアとしてのBDは弱いのか…?

 

ヌレエフ版もお久しぶり。

こちらは「影の王国」で終わるので、消化不良不可避ですが、その分短いから今回はよしとする。

このバージョンが安心して見られるところは、なんといっても、ダブル・ヒロインの力量がバーターなところ。ニキヤはイザベル・ゲラン、ガムザッティはエリザベット・プラテル。

華やかかりし時代のエトワール対決が見られます。

 

ヌレエフも戦後のマリインスキー出身だから、ベースはロシアバージョンに近い。

二幕のラジャの邸宅でニキヤが表敬の踊り(影の王国シーンでの有名なベールの踊りの前兆)を披露したり、三幕の婚約式におうむの踊り・ツボの踊り・太鼓の踊りがあり、黄金仏もここで踊る。黄金仏はパリ・オペきっての異形系エトワール・ロモリですが、超絶技巧振りではないのか、ロイヤルやロシア版と比べるとちょっと物足りない。

 

ロイヤルが古代インドを(旧宗主国らしく)リアルよせにしているのに比べ、パリ・オペは架空のオリエンタル色が強く、高僧もインド僧というよりは、19世紀エキゾチックバレエによく出てくる想像上の中国人みたいな戯画化が人間味を薄めており、「ニキアにメロメロ」度はロイヤルの演者の方が見ていて楽しいです(笑)。

 

ゲランのニキアは「静」の側のニキアにはよくあっていると思いますが、影の王国ではあまり「神性」(非人間性)が感じられず、このところのソロルの敵わない夢としてのニキヤ、ではなく永遠の恋人同士、という感じ。

一方、プラテルのガムザッティは、初登場がロイヤル版ほど劇的ではないのが演出上もったいないですが、ヌニェスとは違い、人間寄りの、鼻っ柱が強いとかいう人間臭さはない、ナチュラルに高貴ですべてもてる側の人、という重鎮感があります。さすが。

なので、ヌニェスとは違った感じで、ソロルが気もそぞろでのも余裕。

 

今回改めてみると、意外にもソロル役のローラン・イレールに技術的・演技的(存在感?)物足りなさを感じたパリ・オペですが、何より五幕のカットは惜しまれますね。

さすがに1990年代前半、特にパリ・オペくらいに層が厚いと「知ってる」今のダンサーを見つけることが難しい(ロイヤルでは、背景に高田茜さん、平野亮一さん、ローレン・カスバートソンを見つけた)ですが、ソロにミテキ・クドーさんがいて、なんとなく感動。

エトワールにはならなかったけど、今のオニール八菜さんより断然雰囲気があると個人的に思う。

 

…などなど。ガムザッティの仕上がりでドラマが大きく変わる「ラ・バヤデール」なのですが、とにかく今は、ヌニェス=ガムザッティ版全幕鑑賞を待っている最中なので、中途半端に感想を書いて終わる。