あけましておめでとうございます。
今年はこのブログも集計機能が付いたことがあって、去年の年始のアクセス数アップの原因がわかりました。
そうか、KAPITALの福箱効果だったのか…。
去年の年始は『白鳥』に盛り上がり、ダンスブログとしてupしたのかと思っていたのでしたが…、ぬか喜び。
私自身は今年福箱を買うことができず、なんだかんだ、欲しかったな~、と思う今日この頃。
さて。
冬休みの間になんとか観ることができたdvdの感想をば。
当時は男性の生贄が首藤康之氏、女性の生贄が井脇幸江氏。
二人とも、そのキャラで、男性が戸惑い、女性が運命を受け入れている、というようにみえたのですが、映像化さ
れているベジャール・バレエ団でもそう見えたので、どうやら二人のパーソナリティのせいではなかったようです。
最後がもっと盛り上がる、と思っていたのに、結構あっさり終わって、やや拍子抜け。そこが記憶と違うなぁ。
今思えば、やはり初期のベジャールだなぁ、と思う。
あらためて、キーロフのニジンスキー復刻版を見比べたとき、ストラヴィンスキーの『春の祭典』(原語ではむしろ「春の犠牲」または「秘儀」ですが)は、なるほど、本当に春をあらわしているだな~、と今回思いました。
春の気候といえば、暖かくて幸せ、ではなくて、案外不安定で、突風とか、真冬や夏よりも荒天だったりするし。
前衛音楽だと思っていたけれど、案外、ロシアの土俗・風土まんまだったのか…、と思う。
もっと見比べたいなぁ、と思って今回購入したのが、ライプチヒ・バレエ団のショルツ版。
とはいえ、2003年公演で、最新、というわけではありません。
Amazonのレビューでは、賛否両論、センセーショナル、というような意見があったような気がしますが…。
主演ダンサーはイタリア人で、なるほど、典型的な古典彫刻みたい。
ちょっぴりスカトロジック、あるいはグロなので、確かに…賛否両論になるわね。内臓痛くなる系です。
全体としては、好みが違うけど、こちらはピアノの連弾の演奏が面白かった。
そして2つ目は、おなじみの男女群像と、犠牲の選出バージョン。
モダナイズされていても、古典的な『春の祭典』のバージョンですね。
薄っすらしか記憶にないのだけれど、なんとなく、傾向的にピナ・バウシュ版に似ている。
今回分かったことですが、『春の祭典』にはだいたい2つのバージョン(もしくは見せ場)があって、ひとつは「犠牲選出」の葛藤→昇華バージョン、もう一つは「春」に寄せた、始原的な生命の描写に重きを寄せたバージョン。
ベジャールは「犠牲」、ピナやショルツは「始原的な生命」により重きを置いた(※とわいえ、やはり犠牲選出はアリ)ように感じました。
ただ、ベジャール版と同様、ショルツ版もラストがサドンデスのようで…、うーむ、原典解釈としてはそうなのかなぁ、と今回ちょっぴり思いました。
…というわけで。
『春の祭典』もなかなか、つかめない演目の一つに。
もっともっと、たくさんの解釈を観てみたい、なぁ。