pico_usagi’s blog

つれづれ鑑賞記を引っ越し作業中です!

『ベンジャミン・バトン』

Gyao!でただいま放映中。
 
他の映画を見に行ったときに映画館で上映中、予告かポスターをみていたのだが長らく放置。
「美しいブラピ」という世論?への反発か、ブラピのヅラがあまりに不自然だったからか…、記憶があいまいに。
 
観終わって気づいたのですが、すごい長いフィルムだった。
2時間半。終わったらあたりが真っ暗に。
それくらい、引き込まれる映画だったのか…。
 
上映期に原作のほうを読んでいたので、あらあらは頭に入っていた気がしてたのですが。
観終わって冷静に考えると、人と違う「老い」をめぐるベンジャミンの気持ちや、デイジーの気持ちが結果としてあまりわからな方(描かれていない)ような気もしますが。
とにかく、登場人物がみんな素敵なのです。
 
もう一回原作を読み直してみると、映画のほうが断然いいつくりに。
時代設定も、ベンジャミンが生まれたのがフィッツジェラルドの黄金期という憎い設定。
(原作は1860年代)
 
↑そのせいで、老婆(デイジー)はいくつなのか?というどうでもいい悩みが途中生じましたが。
 
初登場のデイジーエル・ファニング
いまやヤングセレブの筆頭格ですが、本当にまだ子供です。
でも彼女くらいの存在感が、ベンジャミンの一目ぼれには適当ですね。
 
青年期のデイジーが思いのほかいやな女の子になっていて、びっくりしますが。
若さの誇張表現なのか?
それなのに彼女をベンジャミンが思い続けるのをみると、いったい彼は彼女のどこを好きなのか、わかんなくなるのよね。
(デイジーが空っぽな感じ)
 
しわくちゃの赤ん坊にすぐさま愛情を示し、終始(若返っても)ベンジャミンと理解できるママン(養母)、
恋人の変な愛情に困惑しながらも、ベンジャミンを理解できるようになる養父、
養老院の皆様、
見世物にされた過去をもちつつも、生きることをベンジャミンに教えるピグミーの男、
捨てたくせに、成長したわが子がすぐにそれと分かる実の父(祖父に似ていたのか?)、
若いころの夢を結婚とともに諦め、上流婦人となった後、最後には夢を実現する婦人(ティルダ・ウィンストン)、
親父の「おまえはどうせ船乗りになれない」という言葉に反発して「タトゥー・アーティスト」になったことを誇らしげに語る船長。
 
みんな、「人生はいろいろあって、楽じゃないけど、自分らしく生きることは素晴らしい」ということを教えてくれます。
 
そういう意味では、デイジーは何もない人です。
そういう意味では、本当にベンジャミンと同世代の、戸惑いつつ生きる存在なのか。
 
ただ、ケイト・ブランシェットは本当にきれいだな~。
10代から20代のデイジーをやって大丈夫か、とも思いましたが、ほうとうに輝かんばかりの若い娘をやってました。
 
そして今回驚いたのが、ハリウッドメイクの技術力のすごさ。
デイジーの若い時代もびっくりですが、若返ったブラピもすごい。
長旅から帰って、一瞬姿をみせたときは本当に10代になっていてびっくりよ。
 
死に際の母(デイジー)が、娘に若い時代(=隠された父の秘密)を語る、という体裁をとっているつくりですが、つくづく、アメリカ映画って、ちょっと人生の曲がり角に差し掛かって悩む中年の娘が、母の死に際にその若いころの隠された事実を聞き、困難を乗り越えるきっかけをつかむ、という設定が好きよね。
(『マジソン郡の橋』もそうだし、『いつか眠りにつく前に』もそう)
 
↑なんかこう描きだしてみると、感動が全然伝わりませんが。
古き良きアメリカ、をみたいときにお勧めする映画です。
 
なお、原作は本当に身もふたもオチもないお話です。
生まれてきた瞬間、170㎝ある老人で喋ってるし、父にも捨てられないし、頑迷なアメリカの保守層家族むき出しの描写が、別の意味で興味深いのですが。